ゴスロリVS田舎女 inラフォーレ原宿

高二の八月。

ラフォーレ原宿の地下1階。祖父が亡くなり、お盆で父方の実家の熊本へ行き岩手に帰る途中、私はずっと行きたかったラフォーレ原宿に母と弟を連れやって来た。そこには、私の大好きな洋服、世間から見るとただの暑そうな黒い塊、ゴシックロリータがあったから。

 

やっとやって来ましたラフォーレ原宿。中に入ると、ピンクや水色のパステルカラーや、網膜を刺激する上手く言えば個性的な洋服が沢山あった。でも私の目的はそこではない。私が目指すのは地下1階。そう、大好きなブランドALGONQUINS。そこには黒くてギラギラした殺意をまとっている洋服がところ狭しと並んでいて妙な威圧感を放っていた。「すごい…」あたしはその威圧感を前に戦慄していた。コリャ負けましたわ。これは天下取った。天下のALGONQUINS様を前に手も足も出ないダメな南部の将軍、菊池菜々子はそこで負けを確信した。

これは、確か南部一の将軍、弁慶にでも頼るしかない…出てこい、弁慶。来るかも分からない弁慶に祈りを委ねながら、敗北感丸出しで敵地を眺めていたら、将軍…いや店員さんが話しかけていた。「男には攻めねばならないときがあるのだ。」と、正しくは、「何かお探しですか?」なんだけれど。まあそうか、攻めなければダメだよね。せっかく天下のおしゃれタウン、原宿に来たのですもの。ただ突っ立っているだけじゃ元も子も将軍もない…まああたし女だけど。

...と思いつつ侵略する。こちらが敵軍の思うままに動かされていると思うのは何故だろうか。まるで馬駒である。今はいい鴨。「このワンピース、オススメですよ」と店員さんが紹介してくれたワンピースは真っ黒くて胸元に紅い蝶がとまっていて、そしてお決まりの腹部から急にこれでもか!と膨らんだワンピースだった。なぜそんなに膨らませたいのか。「膨らませ選手権」でもあるのか。略してふくせん。略すな…私は明らかに女性ホルモン打ちすぎなワンピースを可愛いと思った。「あの、これ…試着しても、いいですか。」弁慶がきっと来るはずだ。そのほんの僅かな希望が私に勇気をくれ、そんな言葉を発していた。試着室に通され、いよいよ黒い物体を装着してみることになってしまった。これでは、敵軍の思うツボではないか!そう気づくも手はワンピースのファスナーを上げていた。

…ファスナーの手が止まった。「あれ…これで終わりだっけ」と予想ではもう少し上に来るはずのファスナーにかすかな違和感を覚え、おそるおそる鏡で確認する。驚くことに、ファスナーがあるべき場所の3センチほど手前でとまっていた。蝶は胸元でとまって良いがファスナーが下でとまっているのは常識的にいけないことである。男性なんかは、ファスナーの位置が下にあるだけで最悪の場合社会的制裁が下ってしまうのだ。女性なんかも、特に気をつけた方がいい。

ファスナーか閉まった事の報告、連絡、閉まらない時は相談。この三つのほうれんそうが大事である…と学校で習ったはずだ。そうだ…相談。今の状況的に考えて、相談出来る状況ではない。半裸でファスナーが上がらない女にだれが相談に乗ってくれると言うのか。私はカーテンで密封されたこの「密室」で相談相手を探さなければならないのだ。あるのは鏡…のみ。「お財布と相談…」という言葉もあるので鏡に相談しようと思い鏡を見るが、鏡は私のだらしない体型と上がらないままのファスナーを映していた。私の相談相手は新宿の母より残酷で現実を突きつけられるものだった。原宿の母はちょっとお洒落なのだろうか。

すると、「いかがでしょうか」という店員さんの声。如何も何もファスナーが上がらないのである。そんな呑気に機嫌を伺っている場合ではない。私は数秒後にカーテンを開けなければいけない状況にひどく混乱していた。このファスナーを如何致しましょうか。何を。店員さんを待たせている焦りで手汗が吹き出して目には涙を浮かべていた。何故人間は焦ると水分が出るのか。そんなことを考えている場合では無い。私はファスナーを、弁慶が来る一縷の望みを託して、上げた。どうか来てくれ、弁慶。未来の十七歳の少女が必死の思いで頼んでいるのだ。助けてくれ。

...しかしいくら願ってもファスナーは上がらなかった。しかも、少しだけ下がってしまった。私は思い出した。…弁慶は将軍でも何でもないただの和尚だと。私はお洒落と正反対の寺にいる地味な坊主に頼っていたのだ。仲間と思っていた者の裏切りを感じた。親友と思っていたのは実は自分だけ…というよくあるも悲しい話だ。
もう観念して、神にもすがる思いで、(弁慶を頼れなくなったら次は神頼みか!)「き、きてみましたよー」と言った。きれていないのに。と、カーテンは開けられてしまった。密室では無くなったのである。密室殺人。私は密室に殺されたに違いない。犯人は…鏡。